心理的安全性の土台を築く:チームで『約束事』を共有・実行する実践ガイド
リーダーとしてチームを率いる中で、「メンバーが遠慮して本音を話してくれない」「チームの雰囲気がどこか堅苦しい」といった課題に直面することは少なくないでしょう。これらの課題の背景には、心理的安全性が十分に確保されていない状況があると考えられます。心理的安全性が高いチームでは、メンバーは自分の意見や懸念を安心して表明でき、失敗を恐れずに挑戦することができます。
心理的安全性を育むための方法は多岐にわたりますが、その強固な土台となるのが、チームで共有される「約束事」や「行動規範」です。この記事では、チームで共通の約束事を定めることが心理的安全性の向上にどのように貢献するのか、そしてリーダーとしてどのようにチームと共に約束事を作り、日々の活動に活かしていくかについて、具体的なステップを交えて解説します。
なぜチームの「約束事」が心理的安全性の土台となるのか
心理的安全性は、「このチームでは、自分の意見や考えを表明しても非難されたり、否定されたりすることはない」という共通認識がある状態です。この共通認識は、言葉や行動によって築かれていきますが、特に意識的に定めた「約束事」は、その基盤をより明確に、強固にすることができます。
- 予測可能性の向上: どのような振る舞いが推奨され、どのような振る舞いがそうでないかが明確になることで、メンバーは安心して行動できるようになります。「これを言ったらどう思われるだろう」「この行動は許されるのだろうか」といった漠然とした不安が軽減されます。
- 共通理解の促進: チーム全体で「大切にしたいこと」「こうありたい姿」を共有することで、メンバー間に一体感が生まれ、相互理解が深まります。
- 建設的な対話の促進: 「発言を遮らない」「否定から入らない」といった約束事を定めることで、意見の対立があった場合でも、感情的にならず、建設的な話し合いを進めやすくなります。
- 規範意識の醸成: チーム全員で決めた約束事は、単なるルールではなく、チームの文化や価値観の一部となります。リーダーだけでなく、メンバー一人ひとりが意識し、守ろうとする規範意識が育まれます。
チームの約束事は、高層ビルを建てる際の頑丈な基礎のようなものです。しっかりとした基礎があれば、その上に様々な活動や挑戦を安心して積み重ねていくことができます。
心理的安全性を育む「チームの約束事」の例
チームで定める約束事は、そのチームの状況や課題に応じて様々ですが、心理的安全性の観点から特に有効なものをいくつかご紹介します。これらはあくまで例であり、チームで話し合って独自の約束事を定めることが最も重要です。
- 「発言する人に敬意を払い、最後まで聴く」: 意見を述べる途中で遮られることがないという安心感を生み出します。
- 「分からないことは、気軽に質問・確認し合う」: 質問することを「無知の露呈」と捉えず、「学び合う機会」と捉える文化を作ります。
- 「建設的なフィードバックを心がけ、人格を否定しない」: 行動や成果に対するフィードバックと、個人の価値を切り離して考える意識を共有します。
- 「失敗を責めず、そこから何を学ぶかに焦点を当てる」: 失敗を恐れず新しいことに挑戦できる雰囲気を作ります。
- 「助けを求めることは弱さではなく、チームで成果を出すための強さであると捉える」: 困った時に一人で抱え込まず、サポートを求めやすい環境を作ります。
- 「否定的な意見でも、その背景にある考えを伝える」: 単に反対するのではなく、理由や代替案と共に伝えることで、対話を促します。
これらの約束事は、メンバーがどのようにコミュニケーションを取り、どのように仕事を進めるかに関する基本的な期待値を明確にします。
チームと共に「約束事」を定める具体的なステップ
チームの約束事は、リーダーが一方的に定めるのではなく、チーム全員で話し合い、合意形成を図ることが重要です。そのプロセス自体が、心理的安全性を高める機会となります。
ステップ1:なぜ「約束事」が必要か、リーダーの考えを共有する まずは、リーダー自身の言葉で、なぜ今、チームで約束事を定める必要があるのか、その目的や期待することをメンバーに伝えます。「もっと率直な意見交換ができるようにしたい」「みんなが安心して働けるチームにしたい」など、具体的な思いを共有しましょう。
ステップ2:話し合いのテーマや範囲を提案する 漠然と「約束事を決めよう」と言うだけでは、話し合いが進まない場合があります。リーダーがいくつかのテーマ(例:「会議でのコミュニケーション」「新しいアイデアを出すとき」「困ったときの相談」など)や、「どんなチームでありたいか」といった方向性を提案することで、議論の焦点を絞りやすくなります。
ステップ3:チームで話し合う場を設ける メンバー全員が参加できるミーティングやワークショップの時間を確保します。オンラインでもオフラインでも可能です。話し合いの方法としては、以下のようなものがあります。
- ブレーンストーミング: まずは制限なく、チームの「こうだったらいいな」や「こうはやめたいな」といったアイデアを出し合います。
- グルーピング/KJ法: 出てきたアイデアを類似性でまとめ、分かりやすく整理します。
- 「Be/Don't Be」リスト: 「こんなチームでありたい(Be)」と「こんなチームにはなりたくない(Don't Be)」を書き出す。
- オンラインツールの活用: MiroやFigJamのようなオンラインホワイトボードツールを使えば、付箋形式で意見を出し合ったり、リアルタイムで整理したりできます。
話し合いの際は、リーダーはファシリテーターとして、全員が発言しやすい雰囲気を作り、意見をていねいに聞き取ることが大切です。特定のメンバーの発言に偏らないように配慮しましょう。
ステップ4:言葉にまとめる 話し合いで出た意見やアイデアを基に、チームの「約束事」として言葉にまとめます。誰にでも分かりやすく、具体的な行動につながるような表現を心がけましょう。約束事の数は、多すぎると覚えきれなくなるため、5~10個程度に絞るのがおすすめです。
ステップ5:共有・見える化する 決まった約束事は、チームの誰もが見られる場所に掲示したり、共有フォルダやチャットツールの情報タブに掲載したりして、いつでも確認できるようにします。形骸化させないために、全員で「よし、これを守ろう」と改めて意思確認する機会を設けるのも良いでしょう。
ステップ6:定期的に振り返り、改善する 一度決めたら終わりではありません。チームの状況は変化しますし、定めた約束事がうまく機能しない場合もあります。数ヶ月に一度など、定期的に振り返りの機会を設け、「約束事は守れているか」「もっと追加・変更すべきことはないか」などをチームで話し合い、必要に応じて見直します。
リーダーの役割:約束事を「生きたもの」にするために
チームで約束事を定めた後、それを単なる掲示物で終わらせず、「生きたもの」として機能させるには、リーダーの継続的な関与が不可欠です。
- 率先垂範: リーダー自身が、定めた約束事を最も意識し、率先して行動で示します。リーダーが約束事を守らないチームで、メンバーがそれを守ることは期待できません。
- 言及する: 会議の冒頭や日々のコミュニケーションの中で、「今日の話し合いは、『発言する人に敬意を払い、最後まで聴く』という約束事を意識して進めましょう」のように、意識的に約束事に言及します。
- 建設的なフィードバックと対話: もし誰かが約束事を守れていないように見えた場合でも、頭ごなしに注意するのではなく、「今の発言は、もしかしたら相手を傷つけてしまう可能性があるかもしれないね。どうしたら、もう少し建設的に伝えられたか、一緒に考えてみようか」のように、事実に基づいて建設的なフィードバックを行い、対話を通じて気づきを促します。目的は罰することではなく、チーム全体の意識を高めることです。
- ポジティブな強化: 約束事を意識した良い行動が見られたら、具体的にその行動を褒め、チーム全体に共有します。「〇〇さんが困っている時に、△△さんがすぐに『手伝おうか?』と声をかけたのは、『助けを求めることは弱さではない』という約束事を体現していて素晴らしいね。ありがとう。」といった声かけは、メンバーの意識を高め、約束事を守る行動を促進しますます。
まとめ
心理的安全性の高いチームは、メンバーが安心して意見を出し合い、互いに協力し、失敗から学びながら成長していくことができます。その土台を築くための有効な手段の一つが、チーム全員で話し合い、共有する「約束事」や「行動規範」です。
リーダーは、このプロセスにおいて、必要性を伝え、場を設け、ファシリテーションし、そして何よりも自らが約束事を体現する役割を担います。
今日から、まずはチームで「どんなチームでありたいか」「お互いにどんなコミュニケーションを心がけたいか」について、ざっくばらんに話し合ってみることから始めてみてはいかがでしょうか。チームと共に築く「約束事」は、きっと心理的安全性の向上に向けた確かな一歩となるはずです。